伊勢物語よりひじき藻「昔、男ありけり。懸想しける〜」の現代語訳

伊勢物語第3段ひじき藻

今回現代語訳、解説するのは歌人在原業平をテーマとした物語文である、伊勢物語の第三段「昔、男ありけり。懸想しける女のもとに、ひじき藻〜」のです。

前段の第二段「西の京」、後段の第四段「西の対」に関しては以下の記事をご覧下さい。

伊勢物語「ひじき藻」の原文・現代語訳

昔、男ありけり。懸想しける女のもとに、ひじき藻といふものをやるとて、

昔、ある男がいた。心を寄せる女性のところへ、ひじき藻というものを贈るといって、

思ひあらば むぐらの宿に 寝もしなむ ひじきものには 袖をしつつも

もしもあなたに私を想う気持ちがあるというのであれば、荒れた草だらけの家にあなたと共に寝ることだって致します。ひじきもの(敷物の一種)には袖をしてでも。(袖を敷物にしてでも。)

二条の后の、まだ帝にも仕うまつりたまはで、ただ人にておはしましける時のことなり。

(これは)二条の后(藤原高子)が、まだ帝に仕い申し上げなさる前、普通の人でいらっしゃった時の事である。

伊勢物語「ひじき藻」解説

まず始めに、全体を通して短めな為、ポイントも数点のみです。

しかし、若干難易度の高いポイントとして、「思ひあらば むぐらの宿に 寝もしなむ ひじきものには 袖をしつつも」の和歌の部分が挙げられます。

ひじきものというのはひしきもののことで現代語訳にもある通り敷物の一種ですが、ここではひじきものの代わりに自らの着物の袖を敷物にしようと在原氏は言っています。言葉としては、ひしきものとひじきをかけているわけですね。

ここまでで和歌の意味問題ないかと思いますが、違和感がありますね。藤原高子(ふじわらのたかいこ)は当時ただ人とありますが、これはそこらの一般人であったというわけでは当然なく、普通の貴族という意味です。皆さんご存知かの藤原家ですからね。

ちなみに藤原高子は後の清和天皇の女御であり、陽成天皇の母にあたる人物です。

話はそれましたが、違和感があるのは和歌の送り手(在原業平)も受け手も身分が高く、そのような人物がむぐらの宿で袖を敷物にして寝るわけが無いからです。

興醒めな事を言って申し訳ないですが、これが和歌の演出であり、素晴らしさです。「実際ありえないが、こんな状況も素敵であるなぁ」という想いから詠むものもあるわけです。物語にのめり込み過ぎると間違った理解をすることがあることに気をつけましょう。

特に在原業平は詠歌に優れており、六歌仙(在原業平、僧正遍昭、喜撰法師、大友黒主、文屋康秀、小野小町)の一人でもあるように、彼は情熱的で現代でも色褪せない優れた和歌を詠んでいます。

さらにひじきについても一言、現代では一般的な食品となったひじきですが、当時は高級品でした。

完全に余談ですが、ひじきは漢字では「鹿尾菜」や「羊栖菜」と書き、ヒバマタ目の海藻で岩の上に育ちます。
以上伊勢物語よりひじき藻でした。

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